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日々の詩

【VERSUS】セルフライナーノーツ 「Je t'aime」

2015/03/10

web_store画像【VERSUS】640×640pix

03.Je t’aime

9月で34歳になる。
今まで、良いことも悪いこともいろいろあった。
ときどき、ふと今までの人生を振り返っては想いにふけるときがあるのだが、
毎度のごとく思い出す、大きく感情を揺さぶられたできごとがある。

高校生のとき、同居していた祖父が亡くなった。
それまでは、身近な人が亡くなったことがなく、
「人の死」というものがテレビの中だけの出来事であり、
夏祭りから持ち帰って飼っていた金魚の死よりもどこか遠い、命の終わりだった。
それが祖父が亡くなった事実を前にして
初めて「死」を身近に感じ、同時に初めて「生(せい)」を想った。
この世には、人の想いとは裏腹にどうにもならないことがあるということ、
永遠に変わらないものなど無いということを突きつけられた。
小さな頃から爺ちゃん婆ちゃん子だった僕にとって、
それを受け入れることが出来ず、悲しいというより、
心が空っぽになった。
そして、祖父の後を追う様に1年後祖母が亡くなった。
晩年、ひとりで歩くこともままなら無くなった祖母の介護をしていた。
理不尽な話だが、当時遊びたい盛りの僕にとって
介護の為に友人との遊びを断り、始めたばかりのアルバイトにも思う様に入れないことが
とてもストレスだった。
そんな想いを祖母にぶつけてしまったこともあった。
申し訳なさそうに「ごめんね。」と言った祖母の顔は今でも忘れない。
祖母が亡くなったとき、後悔ばかりが押し寄せ、冷たくなった祖母にしがみつき
親戚の目もはばからず「ごめんなさい」と嗚咽しながら泣いた。
自分の部屋でギターを弾きながらTHE YELLOW MONKEYの「人生の終わり」という曲を
泣きながら何度も何度も歌った。
初めて音楽に救われた瞬間だった。

それからというもの、祖父と祖母の部屋へ入ることもほとんど無くなった。
そこに行くと、虚無感に包まれ、自分の在り方が分からなくなってしまうから。
そんな想いを抱えたまま歳月が経ち、あるとき気付いたことがある。
一緒に住んで毎日顔を合わせていたときより
亡くなった後の方がふたりのことを想っている時間が多いと。
日常で事ある毎に
「こんな時、爺ちゃんならなんて言うかな?」
「この選択は胸を張って婆ちゃんに報告できるだろうか?」
ふたりの存在は僕の生き方の指針になり、
僕の中でふたりは生前にも増して’生きている’

「Je t’aime」は、そんな自分の死生観を歌っている。
1年半前、15年時間を共にした実家の愛犬が亡くなった。
その時にその子の死を思い、祖父母が亡くなったときのことに想いを馳せ
生まれた曲だ。
死は決して悲しいだけでは無く、残された者に多くのものを残してくれる。
不謹慎な言い方かもしれないが、死を持って大切な何かを僕に残してくれた。
そう思っている。
いずれ僕も死ぬときは必ず来る。
そのとき、何を残せるだろうか。

 

 

【Je t’aime】

ジュテーム 変わらないものなんて
どこにも無いんだって きみが教えてくれた
ジュテーム ありふれた毎日は特別なんだって
きみが教えてくれたんだ

群れを離れて飛び立つ鳥のように
どこか遠くに自分の場所を見つけたのかい?

壊れていってしまう果ての鉛のようなSKY
それは美しく歪む世界

ジュテーム 変わらないものなんて
どこにも無いんだって きみが教えてくれた
ジュテーム ありふれた毎日は特別なんだって
きみが教えてくれたんだ

不甲斐ない涙の痕を辿るたび
伝えたい言葉が巡る

波がさらってしまう 砂の城をさらってしまう
海に帰るその時が来て
生まれ変わってゆくだけの
繰り返すサイクルじゃ 僕ら
離れない 離れない 離れない

ジュテーム 変わってくことだって必要なんだって
自分に言い聞かせるけど
ジュテーム 忘れらんないよ 忘れなんないよ
触れられないとしても
ジュテーム ありふれた毎日は特別なんだって
きみが教えてくれたんだ
ジュテーム 代わり映えない毎日が 頼りない毎日が
幸せの形だったんだ

夢から覚めて探したものは いつも
夢の中へと戻っていくための魔法

 

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